本題とは離れますが精子と透明帯の結合について述べておかないとなぜ結合しない精子で受精がおこるのかという疑問が残るかもしれないのですこし触れて置きたいと思います。
精子の透明帯通過はまず精子と透明帯が相互作用をするところから始まるのだろうと思いますが結合したままだと透明帯を通過するという動きが抑制されますし精子が透明帯を通るために酵素で透明帯を溶かせば結合はどうなるのでしょう?このあたりがどうなっているのかは何もわかっていないといっていいでしょう。
透明帯が先体反応を誘発するという仮説はおかしいのではないかと我々が思ったのはGFPを先体内に持つトランスジェニック精子を作ったときです。この精子は先体反応するとGFPを放出して蛍光を失うので先体反応をおこしているかどうかを蛍光顕微鏡で検出できます。この精子を使って透明帯に結合した精子が先体反応する様子を見ようと思ったのですが全く先体反応が起こりませんでした。しかたがないので透明帯に結合した精子にイオノフォアを加えて先体反応を起こさせるという冗談のような実験をしなければならなかったほどです!それで透明帯に結合しても精子は必ずしも先体反応を起こさないという論文を書きましたが透明帯誘発先体反応説が非常に強かったのであまり注目されなかったような気がします。透明帯誘導仮説を信じていた人は透明帯は100匹の結合精子のうちの一匹にだけに先体反応を起こす作用を持つという風に理解していたのでしょうか?
なにはともあれ、少なくともこれまで様々な実験で観察されてきた精子と透明帯の結合というのは、基本的に先体反応前の精子と透明帯との結合を見ていたということになります。透明帯に結合したあと先体反応が誘発されるという説にたてばそれが当然で何も問題はないのですが、先のTG精子を更に改良して先体内のGFPに加えて中片部にRFPを持つ精子も作製しました[24]。この精子は先体反応しても中片部にRFPが残るので輸卵管の壁を通してin vivoにおける精子の挙動を観察することができるようになりました。その結果マウスでは受精に関与する精子は先体反応をおこしてから透明帯に近づくのが普通[25][26][27][28]であることと、卵子に近づく精子はごく少数であることが示されました(これは昔からいわれていたことでもあるのですが、、、)。
in vitroでは卵子に大量の精子を加えるのでたくさんの精子が卵子の透明帯に群がるようになりますが、こんな風景は実際の受精の場ではありえないのです。ですから我々が透明帯結合能と呼んでいるのは人工的な条件下で出会うことの少ない先体反応前の精子と透明帯を無理に出会わせた時におこる現象を見ているので深い意味はないと言えると思います。しかし人工的な結合であるとはいえ、透明帯に結合できる能力と精子が輸卵管内に入る能力はこれまでのところいつも連動しています。なぜこうなるのかは依然として大きな疑問のまま残されています。透明帯と子宮と輸卵管をつなぐutero tubal junction (UTJ)になにか共通の成分でもあるのでしょうか?いろんなタンパク質の遺伝子をKOしても不妊にならないものがたくさんある中で、どうして13種類もの遺伝子が全く同じ不妊のフェノタイプを示すのでしょう?
精子がADAM3を正常に発現するためにはADAM3以外の12種類の遺伝子産物の存在が必要なのでこのフェノタイプの根幹にはADAM3が関係している可能性が高いと思われています。ところがADAM3は多くの研究者が挑戦したにもかかわらず免疫染色に使える抗体ができないのです。いままで誰も成功していないという特別な性質も持っています。さらに奇妙な点はマウスでは多くの遺伝子に支えられた大切なADAM3でありながらヒトではADAM3は偽遺伝子になっておりADAM3は存在しないと言われています。一体どうなっているんでしょう?この謎は深いです。//